いじめ問題雑感

雑記

滝川市の女児のいじめによる自殺問題について報道されて以来、まるで連鎖反応を起こしたかの様にいじめを苦にして自殺する子供達の痛ましいニュースが後を絶たない。同じ様な境遇にあった子供が、自殺という自らの人生にピリオドを打つ最も悲惨な手段でいじめを終息させるというのはあまりにも痛ましい。今までかろうじて自分を支えて来た線がプッツリと切れ、まるで悪魔に魅入られてしまったかの様に、『自殺すれば全てを終わらせる事が出来る』という思いに捕らわれてしまったのだろうか。

ちょっとオカルト的な見方になってしまうけれど、いじめられている子供達の魂が呼応してしてしまった様にも思える。自殺の名所にもなっている断崖絶壁の崖の写真を撮ったところ、いつ現れたのか崖の上に立った自殺志願者が写っており、その崖の真下の海面には『おいで、おいで』と手招きする無数の手が写っていたというお決まりの心霊写真話の様に、死者の魂が仲間を呼び寄せているが如くね。

いじめという行為はいつの時代であっても実に陰湿なものだ。私が子供だった頃にもいじめはあったけれど、近年そのやり方がだんだんエスカレートして来ている気がしてならない。かく言う私自身も小学2年の時に、ある特定の男子児童からいじめを受けた事がある。子供の頃の私は病弱で、栄養失調寸前の子供の様にガリガリに痩せ細っていたので、まるで何も食べさせていないみたいだと両親もよく嘆いてみせたものだ。本人も常に痩せ過ぎである事を気にしていて、それについて人からとやかく言われるのが嫌で嫌で仕方がなかった。

私が何かしたという訳でもないのに、同じクラスだったその男児は、事ある毎に私が痩せ過ぎである事を挙げつらって執拗に私をいじめたのだった。何さ、自分は子泣き爺が幼児返りして麿がひっくり返ったみたいな顔してたクセにさ。とは言うものの、”当時の私”は大人しくひ弱で腕力もなかったので、いじめられても歯向う事も出来ず嫌な思いをしながら我慢するしかなかった。(今だったら口では絶対にあんなヤツなんかに負けへんでパンチ

普通ならそのまま泣き寝入りとなるところなのだが、そこがこの私の転んでもタダでは起きないところだ。クラスで一番体格が良くて、ワンパク坊主の総大将みたいな男児を上手い事煽て上げて、子泣き爺坊主にいじめられる度に、そのワンパク坊主に言いつけて、ちゃっかり『仕返し』をして貰っていたのさ。ホッホッホわーい(嬉しい顔) 嫌みったらしい事この上なかった子泣き爺坊主も、さすがにワンパク坊主には敵わなかったらしく、そのうちにいじめられなくなったもんね。見たか『必殺いじめ返し』って、良い子は真似しちゃ駄目ですよあせあせ(飛び散る汗)

一連の報道を耳にして感じたのは、『いじめ』という行為が、罪悪感を感じる事もなくゲーム感覚で行なわれてしまっているのではないかと言う事。物事の善悪に対する認識も、昔に比べて希薄になってしまっている気がしてならない。幼少時に、社会のルールやモラル等をきっちりと叩き込んでくれる大人が周りにいなかったのかもしれない。それよりも気になるのが、子供から無邪気さが消えてしまった様に思えてならない事である。ただ単に可愛気がないという事であれば、そんな子供は昔もいたしね。(え、私の事ですか~~??)今の社会自体が、どこかで狂った歯車が噛み合わないまま今日に至ってしまった感じがしないでもないし。

そんな中、文科大臣宛に、自分が受けているいじめの実態を訴えた書面が送付された事が明らかとなった。直ちに該当者を特定出来る様に調査し、最悪の事態が起こる事を阻止する様に号令が発せられたが、いじめの問題がこれほど社会問題になっていなければ、黙殺されてしまったかもしれないぞ。ほとぼりが冷めてしまったら元の木阿弥と言う事はないでしょうね、関係者の方々。学校関係者やら教育委員会関係者やらの会見の様子や対応の仕方を見ていると、『出来れば自分は関わりたくないんだけど』と背中に書いてある様な気がしてならないもんね。

この種の問題を解決するには根底から見直す必要があるから、そう簡単に事は運ばないだろう。だからと言って、少なくとも生徒の身近にいる先生には、今出来る必要最低限の事をしないまま知らんぷりを決め込まないで欲しいと思う。生徒から発せられるSOSのサインを見逃さないでやって欲しいといじめられてもへこたれなかったオバサンは思うのですがね。

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