皇帝ペンギンの真実
愛らしい容姿、赤ちゃんのようなぎこちないヨチヨチ歩き、どことなくユーモラスな仕草…ただその可愛らしさが好きだった。特に皇帝ペンギンのヒナの愛くるしさと言ったら、いつまで眺めていても飽きないぐらいだ。こんなにも可愛らしい皇帝ペンギンの映画を見ない手はない。その程度の認識だった。その映画『皇帝ペンギン』は、撮影に8880時間をも費やし、極寒の地における皇帝ペンギンの生態を追ったドキュメンタリーである。そしてこの映画は、私の皇帝ペンギンに対する認識を見事に覆してくれた。
南極に冬の訪れを感じ始める頃、皇帝ペンギン達は海を離れ、100キロ程先の故郷のオアモックを目指して行進を始める。時には腹這いになって氷の上を滑ったりしながら、あのぎこちない歩き方でただひたすら歩き続ける。その困難な道のりで、行列に付いて行けず命を落とすものさえいる。それでもひたすら歩き続ける。20日余りの行進の後に辿り着いた故郷で、彼らはパートナーを探し新しい命を育む。5月の終わり頃、産卵を終えて体重の1/5程を失ったメス達は、自分自身と雛の命を繋ぐため、エサを求めて海に向かって旅立つ。
卵を託されたオス達は、零下40度にもなる真冬のオアモックで、一塊になって身を寄せ合いながら時速250キロ以上にもなるブリザードに耐え、120日間何も食べず、ただひたすら足の上に乗せた卵を暖め続ける。やがて卵から孵ったヒナ達は、エサを欲しがってピーピーと鳴き続ける。オス達は、そんなヒナ達に、その時のために体内にわずかに蓄えておいたエサを吐き戻して与えるのだ。エサを求めて海に出たメス達は、空腹を満たしヒナ達のためのエサを蓄えて、再びオアモックを目指す。そんな中で、海獣に襲われて命を落とすメスもいる。それは、同時に2つの命が失われたという事を意味するのだ。母が戻らずエサを貰えないヒナには、容赦なく死が待ち構えている。
海から戻ったメス達は、群れの中からパートナーを見つけ出し、ヒナにエサを与える。メスにヒナを託したオス達は、空腹を抱えて海を目指す。これは彼らにとって最も危険な旅だ。しばらくて、ヒナの成長を見届けたメス達も再びエサを求めて海に旅出つ。巣立ちの時だ。夏になり辺りの氷が割れ始める頃、ひと回り逞しくなったヒナ達も次々に海に入って行く。彼らも数年後、故郷のオアモックへ向かって行進するのである。
繁殖のために、この様な過酷な環境に身を置くのは皇帝ペンギンだけなのだそうである。外敵から新しい命を守るためとは言え、何故に彼らの先祖はこの様な過酷な道を選んだのだろうか? 我々人間は、この地球上で最も優れた生き物は人間だと思いがちである。でも、尊厳すら感じさせる彼らの一生を思うにつけ、グータラで脳天気な私なんかよりも、皇帝ペンギンの方が遥かにエライ!! と素直に思えてしまうのである。
以前とある水族館で飼育されている皇帝ペンギンを見た事がある。なかなかお目に掛かれない皇帝ペンギンを間近で見る事が出来たのは嬉しかったけど、こんな狭いところに入れられて可哀相だと思わずにはいられなかった。ペンギンが飼育されている水槽は、南極に近い気候が再現されているという事なのだが、零下40度になる事もないし、ブリザードにさらされる事もない。繁殖のために、気の遠くなる様な道のりを行進する必要もない。決まった時間にエサが与えられるから、空腹に耐える必要もない。でも、あの狭い水槽を泳ぎ回ろうとすれば、壁とガラスが立ちはだかっている。人工雪が降って来る事はあっても、お日様の光を存分に浴びる事は出来ない。これは全く逆の意味で、彼らにとって過酷な環境だと思えて仕方がないのである。
どんな困難が待ち受けていようとも、彼らだって故郷のオアモックに帰りたいに違いない。





