完全なる証明

数学には全く関心がない。だから、「ポアンカレ予想」がどうのこうのと言われても、正直なところ、それがどうした?ってな具合だ。

以前、偶然見ていたNHKスペシャル「100年の難問はなぜ解けたのか~天才数学者 失踪の謎~」で、初めて「ポアンカレ予想」なる数学上未解決の難問が存在していた事を知った様な次第だから、押して知るべしだけれどねあせあせ(飛び散る汗) ただ「ポアンカレ予想」自体には、関心がなくても、その難問を解いた、ロシアの数学者ペレルマン博士がどんな人物だったのかという事に関心を持ったのだ。

このペレルマン博士とほぼ同時期に、ペレルマン博士と同様に、旧ソ連体制の下、数学コンペティションに出場し、その後選抜されて数学専門学校に通ったというジャーナリストが、この件に関して取材を重ね、著書が出版した事を知り、どうしても読んでみたくなった。

ペレルマン博士は、1966年生まれのユダヤ系ロシア人である。当時の社会主義体制下のソ連では、ユダヤ人は完全に差別されていた。そんな中で、類いまれなる数学の才能を発揮したペレルマン博士は、その才能と、その才能を認めた恩師に恵まれていたという点では、幸運であったと思われる。

ペレルマン博士は、子供の頃から一風変わったところがあり、独自の哲学を持ったいた様だ。それが大人になるにつれ、極端に顕著になり、徐々に人付き合いを嫌う様になっていた様だ。一時、ミラー財団のフェローとして、アメリカに渡るが、任期を終えると、アメリカの研究機関からの誘いを悉く辞退して、ロシアに戻ってしまった。

その後、ペレルマン博士はコーネル大学図書館が運営するインターネット上のサイト、arXiv.orgに突如論文を投稿し、その旨を十名ほどのアメリカの数学者にメールで知らせたのである。それが、「ポアンカレ予想」と幾何化予想の結果を含む三部構成の論文だった。当然の事ながら、数学界は大騒ぎとなる。ペレルマン博士は、アメリカの大学の招待に応じて、この論文についての講演を行うが、その際に遭遇した、彼の意にそぐわぬ様々な出来事に失望してしまう。その後、多くの数学者によって4年もの歳月をかけて、ペレルマンの証明をの検証作業がなされるが、その間のマスコミや数学界自体の対応にも、大いに失望してしまったと思われる。

博士には、2006年にフィールズ賞が授与される事になったが、その受賞を拒否し、アメリカのクレイ数学研究所が提示していた懸賞金の受け取りも拒否し、やがて姿をくらましてしまうのだ。何が彼をそうさせたのか…それが知りたかった。本書を読み終えて、朧げながら、そのあたりがみえた様な気もするが、本人に直接取材が出来ていないだけに、それが予想の範囲内の事となってしまう事は否めない。

ポアンカレ予想を知らずとも、なかなか興味深く、読み応えのある一作でありました。

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