祈りと悲しみの日
穏やかな朝を迎えた。2年前も、こんな穏やかな朝を迎えた筈だ。
それが、あの一瞬を境に、世界が一変してしまった。テレビの画面に映し出される凄まじい光景は、到底現実の出来事として受け入れられる様なものではなかった。しかし、それは非常なまでの現実だった。
震災発生時刻に合わせて、黙祷をした。特別な光景を思い浮かべる訳でもなく、ただ静かに目を閉じ手を合わせた。その途端、涙が溢れてきた。この瞬間の空気が、祈りを捧げる人々の底知れぬ悲しみで満たされ、それが伝わって来たのだと…そんな気がした。ただ、『どうぞ、安らかにお眠り下さい。』と心の中で、繰り返していた。
メディアは、悲しみを乗り越え、復興を目指す人々の姿にばかり焦点を当てている様な気がしてならない。2年経っても、悲しみの淵から這い上がれずにいる人々も少なくない筈だ。その人々のために何も出来なくても、思いを馳せ、その人々が、一歩でも前に進める日が必ずやって来る事を祈りたいと思う。





