損得勘定
一昔ぐらい前の話になるが、或る日突然、学生時代に親しくしていた友人から電話があった。もしかしたら、もしかして….。
その嫌な予感は、見事に的中した。彼女は、またしても新たなセールスの仕事を始めたのであった。今度は保険のセールスのおばちゃんになったらしい。(ニッセイのおばちゃんだったかどうかは、定かではないが…。)
その数年前にも、やはり突然電話があって、その時は化粧品のセールスを始めたとかで、その化粧品会社主催の宝石の展示会へのお誘いの電話だった。宝石の展示会、即ち、展示即売会な訳だから、ローンを組まなければ買えない様な高額の商品を、次から次に勧められる事は分かりきっている。貧乏月給取りだから、そんなものを買える様な余裕はないのよ〜と冗談まじりに断ったけれどね。
保険のセールスを始めたと聞いて、正直、『またかい!!』と、あまりいい気はしなかった。(私の)会社の傍まで行くから、一緒にお昼でも食べないかときたから、貧乏月給取りだから(またかい!!)、月々の簡保の支払いで手一杯で、とてもじゃないけれど、他の保険に入る余裕はないんだよね〜ときっぱり断った。
それ以来、電話が架かって来る事もなく、それまでずっとやり取りしていたのに、年賀状すら来なくなった。彼女とは、気の置けない付き合いだった筈なのだが、私が2度とも勧誘を断ったから、そこでソロバンでも弾いたのだろうと思う。
これは、極端な例だ。今でも、あからさまではないにしろ、人との付き合いに於いて、損得勘定が働いているなと感じる事はある。本人にしてみれば、無意識で他意はないのかもしれないが、対峙する側は、そこんところを微妙に感じ取ってしまうんだよね〜。
私自身も、久々に会う友人に、その都度家庭内の愚痴ばかり聞かされるという事が重なって、嫌気がさしてしまった事がある。本人にしてみれば、誰かに聞いて貰う事で、発散させたいというのがあったのだろうけれどね…。
上昇志向の強い人が、運の悪そうな人よりも、強運を味方にして成功している人と楽しく付き合って、自分もそれにあやかりたいと思うのは、ごく自然の事なのだろう。その結果、長年の交友関係も自ずと変わって行くのだろう。本人は、そんなつもりではなかったとしても、明らかにそこには損得勘定が見え隠れしているのだと思う。
などど、偉そうな事を言っている自分はどうなのかと言うと、自分は、そういう損得勘定はしていないつもりだ。ただ、己の感性を重んじる傾向があって、気が合って、価値観が近い人なのかどうかというのが、大きなポイントになっている気がする。
従って、或る日突然、実は、相手の価値観が自分とはかけ離れていたという事に気付いてしまったりなんかすると、距離を置きたくなってしまうのだ。損得勘定で秤にかけられているなと気付いたりなんかした時も、以下同文だ。秤にかけられているというのは、ある意味で見下されているという事でもあると思うから。いずれにせよ、そういう関係は、自然に淘汰されて行くだろう。ただ、流れに任せるだけ…。それでいい。






