久方振りの犬山祭
通訳案内士新人研修で知り合った仲間の一人が、桜の咲く時期に合わせて犬山城に自主研修に来るという事で、同行する事になった。折角だから、犬山祭も見たいとの仰せ。
てな訳で、
犬山城自主研修 → お花見 → 祭りだワッショイ!(車山<やま>の巡行なので、ワッショイはありまへんが…)
アレッ!? 自主研修はどこ行った!?
試楽当日は雨の予報だったが、何とか朝には雨が上がった。犬山祭は針綱神社様の祭礼で、ご祭神は龍神様でもないのに、何故かよく雨に降られる。試楽、本楽の二日間とも晴天に恵まれるなどという事はごく稀だ。
犬山祭は、昨年ユネスコの無形文化遺産に指定されたという事で、それなりに力が入ってる様だ。引っ越す前は、毎年当たり前の様にお祭りを見ていたのだが、車山って、こんなに綺麗だったっけ?と新鮮な驚きがあった。犬山に住んでいたのは、ン十年も昔の事だから、記憶の中の車山自体が薄れてしまっているのかもしれない。
お囃子の子供達の金襦袢は、今も豪華絢爛だ。昔の相場では、これ一着でン百万也で、子供が車山に乗る事になると各家庭で設えた。その費用は、嫁の実家の持ち出しとなるため、昔は、犬山にだけは娘を嫁にやるなと言われていたらしい。ま、車山を所有しているのは、お城近辺の十三町内だけだから、それ以外は蚊帳の外だけどね。それはそうと、お囃子担当の子供達の中に結構女の子がいるというのが、これまた驚きだった。昔は男の子に限られていたのだが、子供が少ないためにそんな事は言っていられないのだろう。(昔、車山に乗ったという年配の方のお話では、当時は、男の子とは言っても、長男のみだったらしい。)
同行者のリクエストで、午後は針綱さん前の広場で、からくりを見ることになった。そう言えば、子供の頃からくりを見たという記憶がない。それもその筈、子供の自分にとってのお祭を見に行く楽しみは、露店で何か買って貰う事だったので、必ず祖父にくっ付いて行って、本町通りを車山に付いて歩き、針綱さんに参拝し、おねだりした後は、即自宅へ直行だった(針綱さんから自宅までは、徒歩10分程度の距離)。
露天の定番は、金魚すくいと水風船、ひよこを買って貰ったり、ヤドカリを買って貰ったり… ヤドカリは結構長生きしてくれたけれど、ひよこはすぐに死んでしまって悲しかったから、買って貰ったのは一度きりだったと思う。食べきれないのが分かっているのに、毎回りんご飴も買って貰っていた。
閑話休題、からくりは、各町内毎に見せ場があって見応えがあった。中でも、親戚がいる寺内町のからくりが秀逸だった。伊邪那岐命と伊邪那美命が、日本最初の島である淡路島を創るという神話を、能楽の謡曲「淡路」を元に表現している。巫女の繊細な舞の表現、その巫女が鳥居に、それを見ていた神人が社殿に早変わりする様、鳥居と社殿が再び巫女と神人の姿に戻る様は、実に見事だった。
この、あやつり糸の本数が多く操作が難しいからくりを、たった四人で操作し、しかもからくりのお囃子の太鼓を、唯一子供達が担当していたというのも素晴らしい。他の町内は、からくりのお囃子の太鼓は全て大人が担当している。というのも、からくりとお囃子を合わせるのは容易ではないからだ。
からくり終了後は、巫女と神人に方向を変えながらお辞儀をさせて、観衆の心をガッチリと掴み、正にスタンディングオベーション状態だった。同行者も、寺内町のからくりが一番よかったと喜んでくれた。いいもん、見せてもろて、感謝!!
国宝犬山城
車山
お囃子の子供の金襦袢(夜は電飾付き)
車切り(犬山祭)
投稿者 opaline-blue
鶏車山(新町)13輌の車山の中で、唯一の舟形の車山
(子供の頃、何故かこの車山が大好きだった)










